Text by 白尾 芽
Photo by 小林 貴久(奈川獅子舞保存会提供)
今年5月に新作公演を終え、小休止とも言える期間に入った「Step M」。しかしこの夏、3人の作家はそれぞれの制作と並行して、松本での活動も引き続きおこなっていた。櫻井拓斗はまつもと市民芸術館プロデュース作品『松本のオフィーリア』(8月27日〜30日)に出演。そして女屋理音・宮悠介は、松本駅から車で1時間ほどの奈川地域に伝わる「奈川獅子」に参加するため、7月から週2日の稽古に通っていた。今回のレポートでは、9月5日の本祭の様子とその後のインタビューから、2人の経験を言葉に残してみたいと思う。
*
奈川の寄合渡地区で100年以上にわたって継承されてきた奈川獅子。地区内の氏神である「天宮大明神」に毎年奉納される獅子舞で、2007年には市重要無形民俗文化財に指定された。明治44年(1911年)頃、富山・南砺からやって来た人物が伝えたものが始まりとされ、信州と飛騨をつなぐ交通の要衝──物資が往来し、また野麦峠を越えて女工たちが諏訪や岡谷の製糸工場へと向かった──という地理的要因から生まれた舞だと言えるだろう。そのあらすじは、細川修『工女の道・野麦街道』によれば次の通りだ(発言者は「奥原樹男さん・奈川村寄合渡」となっている)。舞は、この物語を表現する「ぎおんばやし」「きよもり」「よしざき」「獅子ころし、きりかえし」「なぎなたどり」の5つの場面からなる。
「その昔、飛騨の山奥に一匹の大獅子がおった。牛・馬を襲っては食い、村人たちを苦しめとったという。だが、一夜のうちに七つの山を越えられるという怪獅子であったため、退治することができずに、村人は苦しめられるばかりだった。
ほうしたらそこに、味方の大天狗が現れて、大獅子を討ち捕ることができたんだが──なんしろ怪力の持ち主だで、また息を吹きけえしちまったんだ。そこで狩人の中にいた薙刀使いの名人が格闘の末、最後のとどめをさして、やっと退治したってう話だ。」(細川修『工女の道・野麦街道』銀河書房、1982年、290–291頁)
*
祭りの当日は、大明神での神事ののち、獅子舞が始まるのは19時半頃から。地元や市内からの人が多く集まり、舞台となる境内を囲んで自然と客席が形成されていく。笛や太鼓が先導して、獅子と踊り手たちが入場する。衣装は目にも鮮やかな青やピンク色で、農民らしいたすき掛け姿が印象的だ。舞はいずれも、3人の獅子取りと獅子が向かい合った形でおこなわれ、ときに陣形がそのまま回転しながら両者の戦いが繰り広げられる。もうひとつ特徴的なのは、天狗の存在だ。物語のあらすじを見ると天狗はヒーロー的な立ち位置のように思われるが、実際に登場する天狗はちょろちょろと舞の周辺を飛び回り、踊り手や観客にちょっかいをかけて道化的に立ち回っているのが面白い。

獅子取りはお囃子のリズムにあわせて、棒を取り回しながら踊る。単に獅子と戦うだけでなく、獅子をおびき寄せる動作もあるそうで、体を捻る、前後に振る、しゃがむ、またそれにあわせて棒を回転させたり、首の後ろで振ったりと、繊細かつダイナミックな動きが繰り返される。獅子は基本的に2人が中に入り、しゃがんでは立ち上がり、腕を大きく振って布をはためかせることで、激しい獅子の躍動感を生み出す。獅子も獅子取りも全身を大きく使うので、運動量は非常に多い。一度は仕留めたかに思われた獅子が息を吹き返す「獅子ころし、きりかえし」、その後、薙刀使いがあらわれて本当に獅子を仕留める「なぎなた」が一番の見どころだ。

奈川獅子の特徴は、この一連の演目が、大人の獅子舞・子どもの手踊り・子どもの獅子舞・大人の手踊りの計4回繰り返されることにある。「手踊り」では、獅子の代わりに、10名程度がそれぞれ両手に扇子を手にして舞う。手踊りを習ってからでなければ獅子はつとめられないと言われ、それ自体が勇壮な舞であると同時に、継承の重要な一部分を成してもいる。獅子舞と手踊りの間にはかならず入退場があり、出番でない大人も子どもも、観客と一緒に仲間の舞を必ず見ている。このように、子どもから大人へ、手踊りから獅子舞へ、という教育や成長の過程自体が演目に組み込まれているのは、なかなか珍しいのではないだろうか。

*
そのことに一層重要性が感じられるのは、まさに奈川獅子が「継承」の問題に意欲的かつ柔軟に取り組んできたからでもある。近年の奈川は人口減少が進み、市街に働きに出る人も多いため、獅子舞の担い手不足は喫緊の問題でもあった。そこで集落の人々は積極的に継承の場を開き、寄合渡地区だけでなく奈川全体、また松本市内からも担い手を募集した(かつて踊り手は男性のみだったが、現在は男女を問わない)。
「Step M」の2人も、そんな集落外の担い手として奈川獅子に参加することになった。首都圏と松本を往復しながら、できるだけ週2回の稽古に参加し、女屋は獅子取り、宮は獅子(と手踊り)として本番で舞った。2人は初回の稽古から「お客さん」ではなく、ひとりの担い手として地域のみなさんに受け入れてもらった。舞いは手取り足取り教えてもらうのではなく、まず「はい、やってみて」の実践形式。そこからは、見よう見まねで振りを入れつつ、年長者の方にコメントをもらいながら少しずつ踊りを体得していった。演目を通しで繰り返す稽古はすべて生演奏だったというから、とても豪華な練習環境だ。
「奈川獅子は〝踊り〟ではなく〝戦い〟です」と語るのは、小学1年生から踊り手をつとめ、現在は指導にも当たる奥原貫さん。「2人はさすがダンサーというだけあって、振りもスッと入りましたが、綺麗すぎる部分もありました」と、稽古の時間を振り返る。「振りを正確にこなすだけでなく、自分の色や、自分が見せ場だと思う部分を見つけられると、舞が生き生きしてきますね」。2人の存在は稽古場でも良い刺激になっていたようで、「やっぱりそういう機会があると、こちらも頑張ろうと思える。何をするにしても、頑張ってやろう、という気持ちが大事だと思うんです」と貫さん。長年ひとつの舞に向き合い、その本質を伝え続けてきたからこその真っすぐな姿勢が見える。
女屋は稽古期間を「とにかく楽しかった」と振り返る。「楽しかったけど、あんなにできない動きがあったのも初めてのことで。なかなか自分の癖が抜けずにダンスっぽくなってしまって、もっと土臭く!と指導してもらいました」。稽古場は、かつての踊り手で現在は楽器を担当する方などの指導役や、何年も獅子舞を見てきた踊り手の家族、そして子どもや犬まで(!)が集まる、まさに多世代のダンスコミュニティだったという。「動きの捉え方や見せ方も人それぞれ。みなさんはもう動きが体に埋め込まれているので、ゆっくりやってもらうと、逆にあやふやになってしまったりするんです(笑)。ひとつの型があるということ、そこに没頭していくことの強さを感じながら練習していました」。

振り覚えは早かった2人だが、それをどうやって「ものにするか」が難しかったようだ。獅子だけでなく手踊りにも参加した宮は、「手踊りは、立ったりしゃがんだりしながら手を振り続けないといけないので、そこに意識を持っていくのが大変でした。手は「人」の字を書くように、曲線を描くのがポイント。その脱力感がないと、良いクセが出てこないと教えてもらいました」。宮は今年ペルーを訪れ、そこで見た伝統的なダンスの中に、回転や旋回のリズムがあることに惹かれていたという。「奈川獅子も、棒を回す動きだったり、獅子と獅子取りが回転していく動きが共通していますよね。伝統的なダンスの構造や、そこにある振り付けの強力さみたいなものを学ぶ良い機会にもなりました」。
舞の動きの面白さはもちろんのこと、伝統を継承するコミュニティのあり方や、大人と子どもがともに同じことに取り組む場の重要性など、これからの活動にも大きなヒントとなることが多くあったようだ。今年度後半は芸術館のホールも改修中のため、「Step M」の活動も公演以外が主体となる。近く開催予定のワークショップなどで、きっと奈川獅子での経験は活かされるはずだ。

奈川獅子は、毎年9月の第1土曜日に開催。周囲の美しい山の風景とともに、ぜひ一度は訪れてみてほしい(夜は夏場とは思えぬほどに冷え込むので、防寒着をお忘れなく!)。
