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Report

2026.11.02

夏の奈川に飛び込む

ONAYA Rion

ONAYA Rion

ここ数日は朝晩になるとぐっと冷え込み、夏ももう終わろうとしていることを痛感する。私の今年の夏は、週に2度、松本からさらに標高高く登った「奈川」という海抜約1,000メートル超えの地で、獅子舞を習うというなんとも非日常的な体験に身を捧げたように思う。「捧げた」なんて言うと大袈裟に聞こえるかもしれないが、少なくとも終わって数日の熱量を残した私の体はそう感じているし、実際「奉納」という名の付いた舞だったはずなので大きく相違はないだろう。
あの地で過ごした時間について、海抜5メートルの地に降りた今、見上げるようにして振り返ってみようと思う。

稽古初日。
これでもかというほどのカーブが続く往路。山を切り開いて道が作られていることを実感する。
体育館に到着するとすでに地元の方々が準備を始めていて、作り上げられた強固なコミュニティの雰囲気にやや緊張しながら、私は初回の練習に参加した。
自己紹介もそこそこに、早速楽器とともに曲ごとの通し練習が行われる。私は「獅子とり」の役を頂き、刀を模した棒を持って稽古に挑んだ。
今年初参加の子供たちも多い中、基本「振り写し」という時間はなく、「真似して動いてくれればいいから。」という、優しいようでなんともシビアな言葉掛けに促され、ひとまず動いてみる。
ターンとかジャンプとかアイソレーションとか、これといって技術的に難しい動きはない。去年実演を見た際にも、周りで見ている子供たちがその場で真似できるようなシンプルな動きだったと記憶している。
そのはずなのに、鏡がなくとも分かる自分の不格好さ…。
初めてのことでもコツを掴むのは早いタイプのはずなのに、やればやるほど分からない。まったく手応えのない数時間に打ちのめされつつ、「やってやろうじゃないの」という負けん気が湧き上がるのを感じて初日を終えた。

稽古中には曲ごとの通しが終わるたびにどこからともなく先輩方がやってきて、できるまで細かく指導をしてくれる。私は彼らの名前を知らないし、彼らはきっと私の名前もあまり知らない。もちろん本番が近づくにつれてお互いのことを知っていくのだが、この、獅子舞を通してでしか繋がっていない時間が、私にとっては不思議で、でも手触りがあった。

稽古の回数を重ねるうちに徐々に動きに慣れてくるのだが、それでも最後まで、「力を抜くこと」に苦戦した。クラシックバレエの基礎が邪魔するのか、どうしても背筋は伸びるし足は無駄に上がる。力が入ればスピードが出ないから弱く見える。
指導してくれた先輩方は、獅子とりの動きを「酔拳」だと言っていた。抜くところは抜いて、決めるところは決める。メリハリ。

「軍隊じゃなくて農民だからね」という言葉も印象深い。
実際指導を受けていても、型はあれど人によってまったく動きが違うので、正直混乱した場面が多々あった。だがこれは「軍隊ではない」ことの表れで、もともとは農民個々人が集まって、各々が強さを追求した結果生まれた動きだったからであり、それぞれがすべて正解だったのだと思う。

約十回の稽古を終えた本番当日。
その日だけ選んだように晴天。なのは喜ばしいものの、外で実際に踊るのは初めて。衣装も練習では着ないので、慣れない格好に慣れない足元で、不安が募る。
でもきっと、これは「やろう」としたらできない舞なはず。その場に舞を置いていくような、まさに「奉納」の意識。もちろんそれが結果としてパフォーマンスになるから観客がその場にいてくれるのだろうが、手前にあるのはそこではない。
きっとこれは、コンテンポラリーダンスでも演劇でも、そのほかの上演でも同じことなのかもしれない。リアリティ。つくられたものを現実味を持って上演することはとても難しい。振付や演出があればフィクションになってしまうし、嘘をつかなくてはいけない。でもなぜか、獅子舞を踊っている私の体は強く現実を感じていたように思う。獅子に当たらないように、でもできるだけ間を詰めること、棒をつく動きは正確に獅子の方に向けること、足の指に食い込むわらじの違和感、隣で踊っている仲間の息遣い。

稽古によって身についた舞の「型」が、本番の空気によって調理され、やっと、自分の手元に落ちてくるような感覚。

稽古の必要性はここにあるのかもしれない。決まったものをまず、型として自分の体に入れること。いかようにも調理できまっせ、という状態に体を持っていくことで、本番の現実、つまり自分の外側のことを調味料にして、その日にしかできない料理を完成させていくことができる。

本番後の打ち上げの席では地元の皆さんの席に混ぜてもらい、夜遅くまでお酒と食事で盛り上がった。コミュニティの一員として仲間に入れてもらえたということが、何よりも嬉しかった。それが私にとって、ひとつの成功の形であるような気がした。


奈川での夏は、「出会ってしまった」という言葉がちょうどよく当てはまるように思う。無論、自身の選択の連続によってここまで辿り着いたことに間違いはないのだが、何かひとつ足を踏み出す角度が違ったら出会ってなかったであろう土地、出会ってなかったであろう人たちと、ある意味意図せずこの夏を過ごしたことが、今はすんなりと分からずとも、本当の意味で新たな視点を獲得するヒントになるのではないかと思っている。
知らない(今はもう知ってしまった)土地で、一年に一度だけ知らない(今はもう知ってしまった)踊りを舞っている人たちがいるということ。約一年前に考えた「他人」について、また違った角度から触れたように思う。

「踊り」というものを狭い範囲で考えすぎていないか?作品の射程には誰を想定できているのか?私の「踊り」は、彼らに何を渡せるのだろうか?

自分の踊りを見つけるために、来年もまた、山に登って獅子舞を勉強したいと心から願う。